【第百六話】 さまざまな旅立ち

法寿院 水崎圭二

 シッダールタ(お釈迦様の幼名)は、夜、ひそかに愛馬のカンタカに乗って住み慣れたカピラ城を出た。29歳の時のことだった。シッダールタは、きびしい修行を始めた。その修行は、本来無一物の考えのもと、屋根のあるところには寝ず、托鉢によって食を得、衣服は、他人の捨てた布を身にまとった。虎や豹、毒蛇に毒虫と危険きわまりない、森の中に住み、生きてゆくぎりぎりの食事に堪えて自分自身の欲望を抑え込む修行を6年間、続けた。それは、まさに自分を捨て去る難行苦行であった。

ある仏典に次のように書かれてある。

「私は、墓地に屍の骨を寝床としてやすんだ。牛飼いの少年たちが来て、私に唾し、小便をかけ、ゴミを身体にまき散らし、両耳の穴に木片を突っ込んだ。しかし、私は怒ることがなかった。私の『心の平静』に住する行はこのようなものであった。」すさまじいものである。そこには、人間の意気地も誇りもない。しかしシッダールタは、それを『心の平静』に堪える修行として行ったのだ。

「ひとの生を受くるはかたく、やがて死すべき者の、いま生命あるは有り難し」

法句経に出てくる言葉じゃ。われわれは、一日にいったい何回「ありがとう」と云うんじゃろ?心よりの感謝の念をもっての「ありがとう」かどうか・・・

朝起きて目が覚めたことへの感謝が「ありがとう」の基本じゃ。今日一日を生きていられるだけでもすばらしいことは、自分が病気にかかり、手足をもぎとられて不自由にならないと気がつかないことかもしれぬ。若ければ若いほど、自分自身の終着駅は、ずっとずっと遠いところにあると誰しも思っているんじゃ。だからこそ時間がありすぎて無気力、無関心、無感動というような、単調なおもしろくもない生活におちいってしまうのじゃ。そんなとき、人は突然、時間の大切さに気がつく。そうじゃ、医師に癌の告知をされてしまう。もう一年、いや半年、いや三ヶ月。時間は、刻々と過ぎてゆく。そうして、その残されたわずかな時間を充実した生活をしたいと必死に取り組むんじゃな。まぁ、よくよく考えてみれば、われわれの命というもの変わりはせん。五十歩百歩じゃ。いつかは、死んでゆかねばならぬ。

「生ずるは独り、死するも独り、共に住するといえど独りなり、さすれば、共にはつるなき故なり。」 これは、一遍上人の言葉じゃ。人間とは、か弱い存在で、常に誰かに頼っていないと不安を感じ、いても立ってもいられない。だからこそ支え合い助け合い生きている。しかし、それに頼り切ってしまうと裏切られてしまうことも多い。

人は、必ず旅立つときがある。お釈迦様のように究極の旅立ちは、平々凡々たる凡夫のわれわれには、難しすぎるが、明日のいのちは誰も約束してはくれないことを知ったならば、今日一日を生きてこられただけでも天地自然に感謝して、自分を大切に明日への旅立ちに向けて禍を転じて福としてほしいもんじゃ。

東日本大震災の全壊した家は、11万戸を越えている。