合掌 母(姑)カメヨが最初から最後まで大変お世話になり、ありがとうございました。この度は母の通夜、告別式までご多忙中にも係わりませず、藤原院長先生はじめ多数のスタッフの方々のご参列、誠にありがとうございました。・・・
平成23年7月19日 私がルンビニーで夜勤を始めて4回目の開け方です。 朝、トイレへ行くため鳴らしてくれるMさんの鈴の音が今日は鳴りません。 様子を見に行くと呼吸は浅く、SPO2も80%を切っていました。・・・
母が、ルンビニーの先生やスタッフの方々に看取られながら、92歳の人生を全うしてから半年が過ぎました。遠く離れて生活している私にとっては、母は今もルンビニーで生活している錯覚に陥る事があります。・・・
2012年新たな年が明けました。この1年元気で行きたいと願いながらも体と心の健康は、なかなか思うようにならないのが現状かもしれませんね。それは、普段からの皆様の生の声から気付いたものです。・・・
今でもアショカの玄関を入ると、椅子に腰掛けた亡き母の丸い背中が現れ、廊下の奥からは9月に旅立った父の咳払いや笑い声が聞こえてくるような気がします。・・・
高市眷三さんは、昨年の10月27日に100歳のお誕生日を迎えられました。横になったり起きたりの生活でしたが、お変わりなく日々を過ごされていました。しっかり食事も食べられ、大好きな入浴の時は、顔や胸のあたりをご自分で洗われたりしていました。・・・
それは、私にとって大きいキセキでした。まず、ヒップホップ調の歌は判らないものだとの思い込みが強かったのですが歌詞カードに助けられ繰り返し聴いたところ、歌の流れも良く訴えたい内容もたいへん良く伝わってきたのです。 ・・・
ばあちゃん(私は子どもの頃からこう呼んでいました)は7月14日、101歳で天国へと旅立ちました。突然のことで息を引き取る瞬間には間に合いませんでしたが、穏やかで眠るような表情を見ながら、最期までルンビニーで幸せに暮らせたことにあらためて感謝しました。・・・
私がO・Cさんと出会ったのは平成18年3月11日のことでした。 Cさんは明治43年3月20日生まれでルンビニーに入って来られた時には96歳でした。 58歳で松山に移住されるまでは久万高原町で生まれ育ち、結婚し、農業やお蚕さんに精を出し働いていました。・・・
スピリチュアルケアとは、人生の危機に直面して、心の平静を乱し、生きる意味を失い、自分を支えるものが見つからない状態にある人に寄り添って、その人らしく生きられるように援助することである。・・・
「食は力なり」という言葉がありますが、心も体も健康でいきいきと過ごすためには「ちゃんと食べてちゃんと生きようとすること」だと思います。厨房での仕事は楽しく、また賑やかです。 ・・・
私とKさんとの出会いは昨年の3月でした。ビハーラからルンビニーに異動になったことがきっかけでKさんと出会い、そして担当させてもらうことになりました。 ・・・
3月13日、母が亡くなったという知らせを松山に住む弟からの電話で聞いたのは東北関東地方を襲った11日の未曾有の大地震の2日後の真夜中、1時20分でした。 ・・・
私はビハーラでリハビリを担当させて頂いております。怪我や病気あるいは、老化による筋力の衰えなど、年を重ねると色々な問題がでてきます。人は、みな元気で長生きしたいという願望があります。それは、「風邪を引かないように」とか「転ばぬように」と常に言葉の中に含まれているような気がします。 ・・・
認知症は病気です。 私だって あなただって認知症になるかもしれません。 忘れることに対する不安や苦しみ、家族への愛 さまざまな思いが伝わってきます。 その“認知症の方の思いを音楽という形にしたい” そして多くの方に認知症を理解して欲しい 私は、友人で松山市出身の俳優「山本まなぶ」さんに思いを伝えました。 ・・・
両親をアショカにお願いして、早六年半の歳月が流れました。父は八十九歳で脳梗塞を患って以来徐々に記憶力が低下し、娘の私のことも忘れていますが、昨年十月、ニコニコと穏やかに満百歳の誕生日を迎えることが出来ました。 ・・・
ルンビニーに、ある一組の夫婦が入居されたのはH16年4月のことです。物静かで威厳ある風格の旦那さん、その旦那さんをいつもやさしい眼差しで見守るNさん。二人は強い絆で結ばれていました。・・・
Tさんと初めて出会ったのは、約3年前の平成20年の1月のことでしたね。 あの頃のTさんはいつも眉間にシワを寄せて笑うこともほとんどなく、人との接触を避けているかのように感じました。・・・
グループホームルンビニーでは、入居者ご本人、ご家族が希望すればホームでターミナルケア、看取りを行っている。 先般、YKさんが静かに旅立たれた。 ・・・
グループホームルンビニーでは、入居者ご本人、ご家族が希望すればホームでターミナルケア、看取りを行っている。 先般、YKさんが静かに旅立たれた。・・・
認知症の患者さんの診療で問題になることの一つが服薬管理です。記憶力、判断力が低下している認知症の人では、薬を飲まなかったり、余分に飲んだりすることがしばしばあり、また、毒を盛られていると言って薬を飲もうとしない人、睡眠薬などを飲んだ後で何度も要求してくる人などもあります。 ・・・
この4月より、デイサービスのプログラムに、「タクティールケア」が新しく入りました。タクティールは、スウェーデンからきた緩和ケアです。指圧や利触れ区ソロジーと違って強く押さないで、優しく包み込むように触れるものです 。・・・
3月26日、グループホーム・ルンビニーでUさんを看取りました。先月の「ルンビニー・アショカだより」第96号で職員の木下和子さんがUさんのターミナルケア、死後入浴、そしてUさんに対する思いを綴っています。・・・
私とUさんの出会いは、平成18年10月9日 松山の秋祭りの翌々日でした。Uさんは長女さん、二男さんのご夫婦と一緒にルンビニーに入居されました。いつも感謝の意を込めて「ありがとう」の言葉をかけてくださったUさん。面会に来られた息子さん、娘さんに対しても、いつも愛情いっぱい注いで笑顔で接しておられました。
本日の主役はルンビニーで二人目の快挙、100歳の長寿を迎えられたO.Cさんです。 Cさんは明治43年3月20日生まれの100歳! 58歳で松山に移住されるまで久万町で生まれ育ち、結婚し、農業に精を出されました。
スタッフが入居者さんと一緒に外に出かけようとすると、ある入居者さんから声がかかります。 グループホーム・ルンビニーでは1階が生活型となっており、入居者さんたちは比較的自立しており、ご自分の意思をはっきり伝えることができます。しかし、時には「今から帰る・・・」と外に出かけようとしたり、すぐ前のことを忘れて、ご飯を「まだ食べてない」と言ったりなど、認知症の症状のある方もおられます。
「由美子さん、ご飯はまだかいのう?」 「おばあちゃん、さっき食べたばかりじゃないの」 ・・・・・・・・・・・・・・ 「由美子さんは、私にご飯を食べさせてくれんかいのう」 ・・・・・・・・・・・・・・
アショカに来て、はや1年が過ぎました。ここまで来れたのも皆様のご理解とご協力があったからこそと、感謝しています。問いかけにかすかな瞼の動きで「はい」と「いいえ」を表現される方、声が出にくく両手を合わせて「ありがとう」を伝えて下さる方、 ・・・
四国地区仏教会連合の招きで来県しているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は11月最近「軽度認知機能障害(以下MCI(Mild Cognitive Impairment))」という言葉を耳にする機会が多くなりました。認知症状に対する治療についても、早期診断、早期治療が重要視されるようになり、また、一般の人々の認知症に関する意識や認識の高まりもあって、MCIに対する意識の高まりに繋がっていると思われます。 ・・・
四国地区仏教会連合の招きで来県しているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は11月3日、松山市市坪西町の県武道館で「自分を幸せにする生き方」と題して講演した。会場を埋め尽くした約6000人の徴収に「21世紀を生きる社会の一員として、自分一人では生きていけないことを理解した上で、すべての他者に愛情を持たなければならない」と訴え掛けた。 ・・・
今年も恒例のビハーラ盆踊り大会を8月2日に開催しました。当日に向けて、約1か月前から職員が準備を進めてきました。ご利用者はもちろん近隣の方等にもご案内し、お蔭様で今年も盛大に行うことができました。毎年新居浜から来て下さる藤田さんから下のお便りをいただきましたので掲載させていただきます。 ・・・
接遇とは、「もてなすこと、接待すること」 接遇には、『中』への接遇と『外』への接遇の2種類がある。 ・・・
6月1日から、改正道路交通法の施工により、運転免許証を更新する75歳以上の方は、高齢者講習の前に、記憶力・判断力に関する講習予備検査(認知機能検査)を受ける必要があります。 ・・・
2009年5月15日、中橋ミサは91年の生涯に幕を下ろし静かに旅立ちました。グループホームアショカのスタッフの皆さんの温かい見守りの中で安らかに眠りにつき、大往生にふさわしい立派な最期を迎えることができました。もう二度と会う事の出来ない別れの辛さがある一方で、穏やかな最期を見届けることができたという安堵の気持ちでいっぱいです。 ・・・
Mさんと出会ったのは今から1年前のことでした。日中、目を閉じたまま全身に力を入れて泣かれる事が多く、何度も声をかけたり、何が辛いのか苦しいのか問うと「やかましい」「ばかっ」と怒っていたMさん。でもそれらすべてがうまく言葉に出来ない辛さやもどかしさを全身で表して下さっているものでした。 ・・・
4月18日、アルツハイマー研究会・第10回学術シンポジウムが、東京のグランドプリンスホテル新高輪で開催された。本学術シンポジウムは2000年に第1回が開催され、以後毎年開催されている。 ・・・
昨年89歳になった母から、久しぶりの絵手紙がポストに入っていました。母は一人暮らしをしていますが、毎年夏は暑さで体調を崩し、娘たちが交代で泊まりに行ったりしています。・・・
開設以来7年が過ぎましたが、ここルンビニーでは13名の方の看取りをさせていただきました。 出会いがあれば必ず別れがあります。 2月4日、Kさんは2年5ヶ月足らずでルンビニーでの生活を終え、お別れいたしました。。・・・
暮れも迫ったクリスマス。当法人のデイサービスセンター・ビハーラでは、バイキングの昼食を楽しんだ後、みんなでケーキをいただきました。 進行役のO君が、「みなさま、今日はクリスマスです。院長先生がマジックを見せてくれます」。「オリーブの首飾り」が流れるホールに集まった通所者の皆様が拍手で迎えてくれました。・・・
平成21年、新しい年が始まってすぐの1月7日水曜日、グループホームルンビニー2F入居のK.Yさんの百歳の長寿を祝う会が催されました。スタッフ一同で用意準備した手作りのパーティーに、日頃より熱心にルンビニーに足を運んで下さるYさんのお子様家族も出席されたうえ、お孫さんが作られた特大のケーキも届き、盛大で温かい会となりました。 ・・・
高齢者においては、うつ病と認知症はどちらも社会的影響の大きい疾患としてあげられ、認知症の初期症状と老年期うつ病は鑑別の困難なことがしばしばあります。一見認知症のようにみえる「うつ病」の例、「認知症」の初期症状としてうつがみられる例、うつ病が遷延化して認知症に移行する例、などその関係も様々です。 ・・・
認知症の診療で忘れてならないのは、「治る認知症」と呼ばれる疾患群があることです。物忘れ外来でかかりつけ医に求められるのは、早期段階での気づき・発見とともに治る認知症を見逃さないことです。これらの疾患は認知症様の症状を呈しますが、いずれも外科的治療などにより改善が望めるものです。 ・・・
現時点では、認知症を完全に予防することは困難ですが、近年、アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症を含めた認知症の危険因子の解明が進んでいます。・・・
長い間使用されてきた「認知症」に替わる新しい用語について検討するため、2004年6月に厚生労働省に有識者による「『認知症』に替わる用語に関する検討委員会」が設置され、約半年にわたる議論が行われました。・・・
2006年初め頃から歩行が不安定となり同年夏頃から杖歩行となる。筋肉の硬直、震えなどはない。この頃からもの忘れ、しまい忘れが著しくなり、同じことを何度も繰り返し言うようになり、日時を間違えるようになった。・・・
職場の上司と一緒に受診する。患者は洋菓子を製造する会社に勤務し、温和な性格で、几帳面な仕事をする人であった。約1年前から菓子の製造について、出来上がった菓子が不出来で商品として使えない、予約を聞いても忘れている、釣銭を間違える、・・・
高齢化社会を迎え、認知症患者が増えています。現在わが国の認知症患者は190万人と言われ、介護認定を受けた人の2人に1人、85歳以上の人では4人に1人が認知症だと言われ、厚生労働白書では2005年には300万人を超えると推計されています。 当診療所にも、ここ数年もの忘れなどの相談に来る患者さんや家族の人達がみられるようになり、昨年4月からもの忘れ外来のコーナーを作って認知症の診療を始めました。・・・
母が亡くなった。通夜、葬儀と慌しかったあとには、四十九日の静かな日々が続くようになる。朝一番に廊下のカーテンを開けると、座敷のなかに柔らかい光が飛び込んでくる。祭壇に飾られた写真に向かって「お早うございます」と声を掛ける。夕方になるとカーテンを閉め、暗くなった部屋の中で「お休みなさい」と呟く。・・・
梅の花閨の明かりの消へてより 町子さんとお別れしてから、早くも1ヶ月が過ぎました。5年余りのルンビニーでの生活でしたが、私の心には町子さんの在りし日の姿が、一緒に過ごした日々が、走馬灯の様に浮かんでは消えて行きます。・・・
時は少〜し遡り、平成19年の11月17日、18日。広島県福山市へ一泊二日。…彼氏との小旅行(≧▽≦)と言いたいところですが、悲しい事にそういうことではございません( ̄〜 ̄)ξ ・・・
平成19年11月17日、18日広島県福山市にて上記の研究大会が開催されました。この会のテーマは、「デイと認知症ケアの最先端を知る」で、第1日目の午前中は「すごいデイ!魅力的なデイをつくるための秘訣」というテーマでのシンポジウム。午後は更に4つのテーマに分かれて、特別講演が福山市内の各会場で行われました。 ・・・
ルンビニーに入居されて6年、今年1月1日99歳のお誕生日を迎えられました。「90歳の坂を超え、手押し車に身を任せ、よちよち歩きがやっとです」 Kさんの名句です。この句の通り、シルバーカーに身を任せるようにすがって歩かれていましたが、最近は下肢筋力の低下で車椅子での移動が多くなりました。でも、それ以外は6年前のKさんとほとんどお変わりありません。 ・・・
「皆の薬ちゃんと入れた? お金は? 印鑑は?」「全部入れたよー」 「お弁当の引き換えの紙は?」 「私が持っとる!!」 「忘れ物ない?」「んー…あれも入れたし、これもあるし…多分大丈夫!!」 10月27日(土)の朝、ビハーラの2階は本当にバタバタしていました。というのも、その日は利用者の皆さん、そしてスタッフも楽しみにしていた「とべ動物園」への外出の日だったからです。 ・・・
はじめに「認知症ケアの現状と方向性」と題して厚生労働省の方より、2015年には国民の4人に1人が高齢者となり、今後急速に認知症高齢者が増加し、また、単独や高齢者夫婦のみの世帯が増加すると予想される中で、「認知症を知り、地域をつくる10ヵ年キャンペーン」、「認知症になっても安心して暮らせる町づくり100人会議」、「認知症サポーター100万人キャラバン」などの取り組みが紹介されると共に、認知症介護従事者の育成研修により質の向上に力を入れていることが報告されました。 ・・・
平成15年1月29日、グループホームルンビニーで、入居者のS.K氏を仏教的看取りである臨終行儀で見取った。3人の僧侶の読経の中、薬師如来とS.Kさんは五色の紐で固く結ばれ、ご家族、入居者仲間、ホームスタッフたちに見送られて、静かに浄土へと導かれて行った。 ・・・
皆さん、山本玄峰(やまもとげんぽう)という方をご存知ですか? 私はつい最近までまったく知りませんでした。7月に「禅僧・山本玄峰の目」という講演を聴き、初めて知った次第です。演者は愛媛県東温市、安国寺浅野泰厳師でした。・・・
連日猛暑の続く最中の8月11日、ビハーラ盆踊り大会が開催されました。藤原胃腸科デイケアから引き継いで、ビハーラでの開催は今年が2回目。昨年もご利用者様と職員、そしてお客様共々ハジけた一時でしたが、果たして今年は…。
「Tさん、おはようざいます。朝の体操は終わりましたか。それではこれから、楽しく頭の体操をしましょう。」 担当スタッフが学習高齢者を笑顔で学習療法室に案内し、学習者と向かい合って小さな机を挟んで椅子に掛けます。 ・・・
Sさんが「風」になってもう半年が過ぎようとしています。開設間もないルンビニーで認知症の方の喜び、苦しみ、心の叫びを教えていただき、また、家族さんとの連携の大切さを気づかせていただきました。 ・・・
平成18年の大晦日、年末にしては暖かで、よく晴れた穏やかな日、母は本当に風になってしまいました。松山に長年住む私の許へ母を連れて来たのが、平成11年春。姉妹3人の中で各々事情があり、止むを得なかったとは言え、母の住み慣れた所から一番遠い私の許へつれて来てしまい、淋しい思いをさせただろうと、申し訳ない気持ちでした。葬儀が終わり、ほっとしたその夜の紅白歌合戦で、朗々と「千の風になって」が歌われていました。歌詞のように本当に風になって懐かしい所に吹いて帰って欲しいと思えました。 ・・・
「楽になりますよ」と呟きながらSさんの点滴セット、酸素吸入チューブを取り外し、そっと頬に触れてみました。Sさんの認知症と共に生きた10余年が今幕を閉じたのです。そして、その後半の医療、介護に関わらせてもらった私たちはSさんから多くのことを学ばせていただきました。 ・・・
はじめまして! 刀根(とね)です。デイサービスセンタービハーラが設立され、1年が経ちました。そして私が大学を卒業し、皆様と一緒にビハーラで過ごすようになって1年が経ちます。私の名前をはじめて聞く人も多いのではないかと思いますので、ここで少し自己紹介をさせて下さい!私の生まれは今治です。小、中、高、大学と今治で過ごし、ビハーラで働くようになってから、松山にやって来ました。 ・・・
認知賞デイサービスで看護師として勤務し始め、早いもので11ヶ月が過ぎようとしています。数年前には、介護の世界へ足を踏み入れるとは夢にも思っていなかった私でしたが、ビハーラでは本当に多くの事を学ばせて頂きました。 ・・・
平成19年1月13日松山赤十字病院で上記の研修が開催されました。会のテーマは「顔の見える連携からこころの通う連携へ 〜連携から協働へ〜」で、午前は全体会、午後は分科会が行われました。松山赤十字病院では、松山医療圏における地域医療連携の方向性をともに考えることを目的とした合同研修会を平成12年度から毎年行っておられ、今年が6回目。渡井は今年初めて参加しました。 ・・・